日本最古の木床義歯は、戦国時代の天文7年(1538年)4月20日に74歳で亡くなった和歌山市の願成寺、仏姫(がんじょうじ:ほとけひめ:本名、中岡テイ)のものといわれています。

現存する実用的な日本の総入れ歯は世界最古?!

この入れ歯は、根付や仏像の材料として使われていた黄楊(つげ)の木から作られたもので、歯と歯肉の部分が一体となっていました。奥歯がすり減っていることから、実際に使われていたと推測できます。木床義歯には、黄楊が多く使われており、材質が強く割れにくく、彫刻し易く肌ざわりもよいため、入れ歯の材料に適していると考えられ、江戸時代中期頃には全国に広がりました。
当時、総入れ歯タイプは高級品?!
総入れ歯タイプの前歯の材料には、蝋石、動物の骨、象牙、人間の抜けた歯などを使い、人工歯は、黄楊の床部に動かないようにはめ込み、前歯の横に穴を開け、三味線の糸で連結して固定したようです。女性の入れ歯は、お歯黒をつけているように、黒柿の木を使って前歯を黒くしてしました。

顎の型とりは、ミツバチの巣を構成する蝋を精製したものに松やに、白蝋、ごま油などを混ぜたものを使って蝋型を作り、荒削りな入れ歯を合わせながら仕上げていきました。細かい入れ歯の調整の精巧な技術により、食紅を用い、当たって痛いところを少しづつ削りながら仕上げていったようです。
当時の入れ歯は、高価であり精功な技法から使っていた人の裕福な人物像を思い描くことができます。
- 参考文献:歯の博物館